222HIT


 戦争が終わって5年が過ぎた。
 戦後のごたごたが片づくと、デュオはスイーパーグループの中でも機密を扱う部門に配属され、ガンダムパイロットだった彼らと会う機会も格段に減った。スイーパーグループの上層部がデュオを手放したがらなかったというのと、デュオが彼らと接触することで、デュオの目が外に向くのを嫌ったというのはあながち無関係ではない。
 デュオはそんな彼らの意向に従順になり、おとなしく転属も受け入れた。デュオはガンダムパイロットのなかでは唯一広く顔を知られたということもあり、上層部の意向はデュオにとっても都合が良かった。
「いつまでも、なれあってても仕方ないだろう……?」
 いつか、カトルに久しぶりに会ったデュオはそう呟いてみせ、カトルを怒らせた。それでも、カトルがなんと言おうとデュオを翻意させることはできず、それ以降デュオの行方は途切れてしまう。
 ヒイロは時折プリベンターの仕事を手伝いながら大学へ通っていた。その日常の合間をぬって、懸命にデュオの行方を探していたが、足取りは巧妙に消されていてヒイロにもデュオの所在を突き止めることはできなかった。
 スイーパーグループに直接掛け合えばいい……そう思ってはいても、真正面から行って正直に答えてくれるような組織ではないことくらい承知している。プロフェッサーGはもういないが、彼以上にあの組織の上層部は食えない。あまりヒイロが執拗に迫れば、きっとどんなことをしても会えないような任務にデュオはつかされ、そしてデュオはそれを唯々諾々と受け入れてしまうことになるだろう。
 空の雲を手に入れようとするような空虚さと頼りなさともどかしさを覚えながらも、ヒイロはデュオに再会したいという望みを捨て去ることができなかった。


 ペニンシュラホテルのバンケットルームで開かれたパーティは盛大なもので、ヒイロはさんざめく人波に息苦しさを覚えながら、手の中のシャンパングラスを揺らした。横長の細いレンズがはめ込まれた眼鏡は、21歳のヒイロに理知的な印象と神経質なインテリという雰囲気を与え、ただ黙って立っているだけでも人目を引くしなやかな体躯は牙をひそめた黒豹を思わせ、女性陣をうっとりさせていた。
「失礼」
 金髪の青年の肩が、ヒイロの肩にぶつかった。グラスが激しく揺れて、ヒイロは振り返った。
「シャンパンを無駄にさせてしまったかな」
「いえ、大丈夫。もう空でしたので」
 ヒイロはシャンパングラスをテーブルに戻し、彼に向き直った。
 5年たっても声の調子は変わらない。……低く押し殺したようなあの殺意を秘めた声も、あの心臓を射抜くような鋭い視線も、普段は奥深く隠されていて、今のように穏やかで優しげな心地よい声と視線で取り繕われていた。
「だが、無駄にしてしまったかもしれないシャンパンの弁償をしていただきたいな」
 ヒイロはそう呟いて、彼の肩に触れた。
「……そう望むなら」
 ヒイロは彼とバンケットルームを出ると、口を開こうとしたがすぐにやめた。
「どうした? 話をするんじゃなかったのか」
 ヒイロはどこかからか見られているのを感じていた。
「部屋を取っている。つきあってもらう」
 有無を言わせぬ口調に、彼は黙ってヒイロの後を追った。


 部屋に入ると、さっきまでまとわりついていた視線も、ようやく途切れ、ヒイロは息をついた。
「デュオ」
 彼は瞬き、ヒイロを見つめる。
「そのウイッグをいい加減取ったらどうだ」
 彼はうっすらと笑みを浮かべると髪をつかみ、取り去った。
 長い栗色の髪がふわりと舞い広がった。
「なんでウイッグだと分かった? これ、人毛で作ってあんのにさ」
「ばかにするな。違和感が鼻につく」
 やれやれ、とでもいいたげに、彼は肩をすくめた。だいたい、このウイッグを見破られたことなど今までなかったのに。
「どんな違和感か聞きたいね」
「おまえの髪で作られていれば、さすがに見抜くのは難しかったがな」
 思わず口笛を吹いた。
「なんでそこまで分かるんだ」
 分析したならDNAででも判別できるだろうが、見ただけ、それもこの数分だけで判別するのはそれこそ機械でも難しいはずなのに。
「それよりデュオ」
「なあ、さっきからそう呼んでるけど、それ、誰だよ?」
「おまえのことだ」
 彼はまっすぐヒイロを見つめ、薄く笑いを浮かべて首を振った。
「俺はそんな名前じゃねえよ」
「だとしても、おまえはデュオ・マックスウェルだ」
 コバルトブルーの瞳。栗色の髪。なにより、仕草、立ち居振る舞い、歩き方から手の上げ下ろしまで、すべてがデュオだった。ヒイロがずっと探し続けてきたデュオ当人にしかできないものばかりだった。
 だがデュオはため息をついてこう言うのだ。
「ま、なんでもいいや。とにかく仕事を先に済ませちまおうぜ」
 デュオは腕時計のボタンを押してマイクロチップを取り出した。
「データを受け取ってくるように言われてる。そっちの持ってるチップと交換でな」
 ヒイロはポケットからチップを取り出した。デュオがヒイロに一歩近づき、それを取ろうと腕を伸ばしてきた瞬間、ヒイロはデュオを抱き締めていた。
「な、なにするっ……!」
 ヒイロはデュオを抱きすくめ、くちづけていた。
「っ……や……」
 相変わらず細い手首だった。
 ヒイロは難なくデュオの両手首をつかみ、後ろ手に回した。そしてそのまま、思う様デュオを貪った。
「やめ……っ」
 ヒイロはポケットから細い紐を取り出すと、デュオの手首を縛り上げた。
「お、おい!? こんなの聞いてないぜ!」
「少し質問をさせてもらう」
 ヒイロはデュオを椅子に座らせると上着のボタンを外した。白いシャツをはだけると、滑らかな肌があらわになった。
「冗談なら、今のうちにやめといたほうがいいぜ?」
「本気だ。黙ってろ」
「っ……!」
 ヒイロはうなじにくちづけた。びくんと、椅子に掛けさせたままの身体が跳ね、その敏感さにヒイロは少し安心した。
「この5年間で……この身体を誰かに許したのか」
「なに……言ってんのか分かんねーよ……っ」
 ズボンを脱がされ、上着とシャツは縛られた手首のあたりにわだかまったまま、デュオはヒイロになぶられ始めていた。
 胸元の紅い突起を指で乱暴に弄られ、声を上げようとしたところをヒイロにくちづけられ、絡め取られた。
「……デュオ」
「違……っ」
 自身に指を絡められ、身体が強ばるのを見て取りながら、ヒイロは優しいくちづけを繰り返した。
「身体に……盗聴器でも仕掛けられているのか? おまえが俺と接触していることが知られると、俺の生命が危険にさらされるとか……脅されているのか?」
 初めてデュオの瞳が揺れた。
「デュオ・マックスウェルだと認めることすら禁じられているのか」
 ヒイロは何も答えないデュオをベッドに運び、横たえた。
「俺は死ぬことなどどうでもいい。おまえに会えない間、俺は死んだも同然だったんだから……」
 ヒイロは服を脱ぎ、ベッドに上がった。
「おまえに会うために、俺がどんなに手を尽くしたか、おまえに分かるか? スイーパーグループはおまえを隠し続けたんだ。俺はこんな手段を取らざるを得なかった。おまえと接触するために、……おまえをもう一度この手に抱くために……」
 ヒイロはデュオを貫いた。
「っ……!」
 そのままデュオを抱き起こし、座らせると、デュオはヒイロに支えられながらつらそうに身体を仰け反らせた。
「っ……あ、う……」
 紐が肌に食い込む。鈍い痛みが鋭痛になってデュオは顔をしかめた。
「紐……ほどいてくれよ」
「まだ質問に答えていない」
 デュオは切なげにヒイロを見つめ、うなだれた。
「なにも答えられねえよ。俺は……こうして生きてくことを選んじまったんだから」
「なにもまだ決まってはいない。おまえが望むなら、俺はどんなことをしても叶えてやる。だが……おまえがどうしたいのかを言わなければ、俺にもどうしようもない」
 デュオのくちびるが震え、かみしめられる。
「どうして……選べられるんだよ。俺はちっぽけな無力なたったひとりの……何も持たないただの男なんだ。逃げるなんてできるわけない」
「逃げたいなら逃がしてやる。あんな組織、俺が潰してやる」
 ヒイロの淡々とした言葉に、デュオは俯いた。
「望みは?」
 デュオはヒイロが起き上がってデュオを抱き寄せながら紐を解くのを感じていた。
「……ずっと……我慢してたんだ」
 切なくてたまらなくて、声が勝手に震えてしまう。泣き出しそうになるのを、デュオは解かれた手で懸命に目許をぬぐってこらえていた。
「ずっと……ヒイロに会いたかった……!」
 ヒイロはデュオにくちづけた。
「俺もだ」
 ヒイロはデュオのウエストをつかむと揺らし始め、デュオは艶かしく声を上げた。
「や、やあ……っ、ヒイロ……っ」
 デュオはヒイロに抱かれながら身体をしならせた。どんなに制止しようとしても、ヒイロの動きを止めることなどデュオにはできず、シーツの上をむなしくデュオの脚がすべり、波を幾つもできる。
「はあ……あっ……!」
 身体の奥までヒイロを感じさせられながらデュオは放った。身体が芯から震えるような快楽にデュオは指先までしびれるようだった。
「ヒイロ……」
 きゅ……っと思わず身体の奥を締めつけてしまったデュオの中でヒイロが放ったのは、それからすぐだった。


「逃げ……られるのかな、本当に」
 諦めていた。どんな報復をされるか恐くて、逆らうこともできないまま従っていたのに。
 デュオの話は、ヒイロにはとても信じられないことだった。戦争中、あんなに平和のために戦っていたのに。どうして自分自身の自由のために立ち上がろうとしないのか、ヒイロは不思議で仕方なかった。
「あいつらがもし……おまえをつかまえて、おまえの喉元にナイフでも突きつけて、『言うことを聞かないなら、こいつを即殺す』とか言ってくれるなら、話は簡単なんだよ。おまえを助けて、ふたりで逃げればいい。だが……話はそんなに簡単じゃなかったんだ」
 人質などとらない。その代わり、やんわりと釘を刺す。
 もしおまえが逆らうようなそぶりを見せたら、おまえが今までに出会った人間の誰かが、『不意の事故』に遭うかもしれないな……。
「……汚いやり口だ」
 ヒイロは吐き捨てるように言った。
 彼らは『デュオの大切な人間』ではなく、『デュオが出会った人間』と言った。デュオが少し話をしただけの全然無関係の民間人が、デュオと話したばっかりに、ある日突然交通事故で死ぬかもしれない。……そんな事故を未然に防ぐことなど、たとえデュオが元ガンダムパイロットでも、できるはずがない。
 デュオは常に見えない鎖につながれていた。
「俺がおまえをさらってやる」
「ヒイロ」
「そしておまえの足跡を完全に消す。あいつらにも誰にも追えないように。そうすれば、見せしめは無駄に終わる。おまえの所在を確認していればこそ、有効な手段なんだからな」
 デュオの瞳が揺らめいた。
「……っ俺……」
 ヒイロはデュオを抱き締めた。
「もう絶対に離れない。おまえは俺が守ってやる」
 ヒイロの声に、デュオは小さく頷いた。



こんな感じでどうでしょう? 一応、設定は21歳のヒイロとデュオなのですが…読んでいてそう感じられるかなあ…というのはかなり微妙かもしれない。
なんかシリアスくさい話になってしまったけど…本当はもっとお気楽に「よう! ひさしぶりだなあ〜vv」みたいな話にしようと思ってたんだけど。つい、シリアスになってしまいました。

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