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昼間は青く澄んでいた海原も、夕方になって茜色に染まっていた。いつもなら、暑い暑いと、エアコンの効いた部屋に逃げ込んでしまうデュオが、ずっと木陰とはいえ、外で海を見ていた。 白いシャツと空色のスラックス以外、何も身につけていない。最初は素足に白のナイキを履いていたが、それも鬱陶しいのか脱いでしまっていた。 プライベートビーチを借り切ったので、デュオ以外誰もいない。いつもならこんなことしないけど……今日は特別だった。 誰もいない海。今日だけの贅沢だった。 デュオの耳が、エンジン音をとらえた。 「……っ!」 あわてて立ち上がる。砂利を噛むタイヤの音、きしむようなブレーキ音。慌ただしく開かれたドアが思い切り閉まる音に続いて、誰かが歩いてくる音がして、デュオは全身を緊張させた。 「……っ……デュオ……」 息せき切ったような声。この地方にはそぐわないくらい、暑苦しいスーツを着込んで、ヒイロは姿を見せた。 名を呼ばれて、デュオは思わずくちびるが震えた。ずっと……待っていた。互いに忙しいのはわかっていたから、もしかしたら今回もだめかもしれないとは覚悟していた。けれど……もしかしたら、という希望を持ち続けるのは構わないだろうと……何度も言い聞かせて、ここで待っていた。 「ヒイロ……」 忙しかっただろ? とか、大丈夫なのか、とか、言いたいことはいっぱいあったが、どれも口に出されることはなかった。そんなことよりももっと大事なことがある。ずっと会えなかった人に会えたことがどんなにうれしいか。 表情がぬるむ。砂をかむような退屈に耐えていたデュオの瞳が、涙に濡れて、ほんの少し伏せられた。 「っ……会えて……よかった」 それだけ言って、デュオはかたくくちびるを噛み締め、俯いた。 「デュオ」 ヒイロはデュオに駆け寄り、抱き寄せた。 デュオの身体からは乾いた砂の匂いがした。途端にデュオが身じろいだ。 「っ……汗くさいだろ? 俺。ずっと……ここにいたから……」 身体を離そうとするデュオを抱き締めなおして、ヒイロはデュオの栗色の髪の毛に軽くくちづけた。 「かまわない。……おまえの……懐かしい匂いだ」 「……っヒイロ……」 顔を上げたデュオはヒイロの瞳が相変わらず情熱的にデュオを見つめてくるのを確認して、思わず安堵した。 「ヒイロ……」 言いたい。言ってもいいのだろうか。そばにいたいと。ずっと、これからずっと……そばにいたいのだと。迷惑ではないだろうか。もう、離れていたくない。嫉妬するのも、諦めるのも疲れ果てた。 心の中でヒイロに会えなくたって……痛みなど、何も感じていない……と切り捨てるのも、好きだという思いを殺す、乾いた痛みも何もかも、この熱い浜辺の風のように、やたらデュオを不快にするくせに、苦しすぎて、不快すぎて……やがて何も感じなくさせる、苛立たしいものだった。 「俺……っ」 きり、……っとくちびるをかむ。 好きだと……ただそう言うだけなのに。どうしてこんなに言いづらいのか。 「好きだ、よ」 デュオがそう言った途端、ヒイロのデュオを抱く腕に微かに動揺が走るのを感じて、デュオは身体をこわばらせた。 「いいんだ、俺が……勝手に好きなだけだから。おまえに……なにかしてほしいわけじゃないんだから」 ……どうして。どうして心にもないことがこんなにすらすらと口をついて出るのか。本当はそばにいてほしいくせに。他の誰も見ないで欲しいくせに。……こんなにも独占欲に醜く喘いでいるくせに……。 欲しいなら、一歩を踏み出さなければならない。愛されたいなら、一度全てを投げ出さなければ。 そんなことわかっている。わかっているけれど……それがどんなに難しいことか、それもデュオは良く知っている。 ヒイロはプリベンターにいる。毎日毎日忙しく働いている。デュオはデュオで別の仕事がある。始終一緒にいるわけにはいかないのもよく分かっている。 けれど……そんな分別めいた思考の外で、感情のままにデュオの心が泣き叫んでいる。 ヒイロといたい。そばにいたい。離れたくない。……好きなのに、愛しているのに、と。 「デュオ」 ヒイロは眉をひそめてデュオを見つめていた。ヒイロはデュオのあごに指を掛け、上向かせた。 「俺も……おまえが好きだ」 ヒイロの告白に、デュオの目が見開かれた。 「ヒイロ……」 デュオの瞳が微かに揺らめき、伏せられるのを見て、ヒイロは強い口調で言い放った。 「おまえがどう言おうと、もうこんなのはごめんだ」 びく、とデュオの身体が震えた。 「っ……こんな、こんな! 年に一度しか会えない、いや、会えるかどうかすら分からないようなこんな関係、終わりにしてやる。もう二度とごめんだ。昨年はどうだ? 俺がここに来たら、数時間前におまえはすでに出立して、もうここにはいなかった。俺は……おまえに会えるのだけを楽しみにして、ここに来たのに……っ!」 「……っ……」 ヒイロの名を呼びたくても、声が出なかった。 こんな関係、もうごめんだ、と言われた途端、もう何も言えなくなっていた。最後のつながりを断たれたと思った。忙しいふたりを繋ぐ、唯一の糸が。 「おまえがどんなに迷惑だろうが、俺はおまえをもう二度と放さないからな!」 「……えっ?」 思いもかけない言葉に、またもやデュオは硬直した。呆然とした、と言う方が正しいのかもしれない。 「今までは……おまえにも仕事があるし、生活があると思って、黙っていた。普通に暮らしていれば、決して交わることのない俺たちが出会うには、こうして……場を設けなければならないのも了解しているつもりだった。だが……もうこんな茶番はごめんだ。おまえがどう思おうと……俺にはおまえが必要なんだ。おまえなしの毎日なんて、もう耐えられないし耐えるつもりはない!」 普段……無口なヒイロがこんなに話すなんて、と、デュオは見当違いのところに意識が飛んでいた。いや、ヒイロが何を言おうとしているか、ということに正面から向き合うのが怖かったのかもしれない。 ぼんやりしているデュオの肩をつかみ、ヒイロはあの真っ直ぐな瞳で貫き通すようにデュオを睨みつけた。 「デュオ、俺を見ろ」 「……っ……ヒイロ……っ」 「いやだと言っても俺は聞かないからな。もう二度とごめんなんだから、な……っ」 そう呟くのを睨まれながら聞かされて、次の瞬間デュオはヒイロに抱き上げられていた。えっ? と思う間もなく、ヒイロはデュオをお姫様抱っこして、このプライベートビーチにくっついている瀟洒な白い別荘に入っていった。 そこには壮年の男性がヒイロを待ちかまえていた。年若い主人を出迎える執事のように、彼は恭しく一礼し、ヒイロを出迎えた。 「ヒイロ様、準備は整っております」 「わかった」 ヒイロはデュオを抱き上げたまま、ホールの華奢な周り階段を上り、2階に上がった。デュオは見覚えのない男性が、訳知り顔でヒイロに様づけし、その上初対面のデュオに対してまで恭しく頭を下げたのを見て、ヒイロの腕の中であわてた。 「あ、あの人、誰なんだよっ」 「あとで説明してやる。そんなことより、今はこっちが先だ」 「な、なに……っ」 ヒイロが入った部屋は、白で統一された寝室だった。うろたえるデュオをベッドに下ろし、自分もベッドに上がった。 「っ……ヒイロ……?」 ヒイロはそのままデュオを抱き締め、くちづけた。空調の効いた部屋は、ずっと暑い中にいたデュオの身体から緊張を取り去ったはずだったが、デュオの身体はこわばったままだった。 「……いやか」 「えっ……」 ヒイロが微かに瞳を翳らせ、デュオを見つめている。デュオは息を呑んだままヒイロを見上げ、小さく首を振った。 「……いやなわけ……ないじゃん」 「俺と一緒に……来てくれるか」 デュオは黙ったままヒイロを見ていた。 「おまえを困らせたくはなかったが……結果的におまえに無理を強いることになるだろう。俺は俺の身勝手でおまえを振り回そうとしているんだ。おまえに好かれたくて……今まで我慢していたが、もう……こんな……年に一度の逢瀬など……やってられない。それくらいなら……おまえを閉じ込めて……嫌われてしまっても……そばにいる方がどんなに……っ」 「ヒイロ……」 デュオはヒイロの頬に触れた。 「閉じ込められたって、俺は抜け出すだろ」 「そうだろうが……俺は諦めない。おまえを手元に置いておくためなら、なんだって……」 それが暗い決意に基づく言葉なのだと、デュオにもすぐに察しがついた。もし、デュオがどこかにいってしまうなら、足を折ってでも、薬を使ってでも、言うことをきかせようと思っているのだろう。 「仕事させたくない?」 「そうじゃない……」 喘ぐように言葉を絞り出すヒイロは、つらそうにデュオを見ていた。 「おまえのそばにいたい……。それだけなんだ」 デュオはヒイロの押さえている手に手を触れ合わせた。その感触にヒイロの手から力が抜ける。押さえつけられる腕から自由を取り戻したデュオは、ヒイロに抱きついた。 「俺も……だよ、ヒイロ」 「デュオ?」 「俺も……ずっと……ヒイロのそばにいたかったんだ。今までも、そして、これからもずっと」 「……デュオ」 抱き締めて、ヒイロの胸に顔をうずめながら呟く。 「仕事しても、ヒイロの家に帰る。いつだって……俺の帰るところはヒイロのいるところだから」 ヒイロはそっとデュオを見つめた。 「ふたりで住めるように、家を買ったんだ。……おまえも俺も……住みやすいように地球に」 コロニーに上がるためのステーションからほど近い場所だと聞いて、デュオはうれしそうに顔をほころばせた。 「ヒイロ……」 「愛している」 そっと耳元で囁かれて、デュオは身体が震えた。 「っ……俺も……」 しがみついてきたデュオを、ヒイロは抱き留め、抱き締めた。 |
いかがでしたでしょうか? 幸せそうなふたりになってますでしょうか……。なんだかどきどきです(^^;) なお……余談ですが、あの壮年の男性……というのは、ヒイロが買った家を管理する執事だと思ってくださいな♪ ヒイロもデュオも、家をあけがちになるはずなので、その間家を管理してくれる人をヒイロが雇ったんですね……。私……こういう役割の男の人って、好きなのよね……(笑)。彼が仕事から帰ってくるデュオを出迎えて、「デュオ様、お帰りなさいませ」とか……言ってるシーンまで書きたかったけど……無理でした(苦笑)。 それではまた〜。 |
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