020202HIT

 街を歩いていたら、差し出されたものだった。なんとなく受け取ってしまってからそれを見ると、小さな袋で、花の種が入っているらしかった。監視の様子を振り返らずに探ると、別に構わない風だったので、デュオはそれをポケットに入れた。
 常に監視がついているというのは、本当にやりにくい。わずらわしくて振り切りたくなることもあったが、そんなことはもちろんできない。できることは分かっているけど、後々面倒になる。
 戦争が終わった後、早々にMO-2を出ていった元ガンダムパイロットたちは、それぞれに連合政府の人間からの接触を受けた。
 軟禁生活を選ぶか、監視付きの生活を選ぶか。
 監視付きといっても、自由にどこにでも行けるわけではなく、不自由なのには変わりなかった。それでも、決められた敷地内から一歩も出してもらえないような、まるで囚人のような扱いよりはましだろうと思い、デュオは監視付きの方を選んだ。
 他のガンダムパイロットたちがどうしたかは知らない。調べることも禁じられ、聞いても教えてはくれなかった。こうして、花を植えることは許してもらえるのかな、とデュオは小さな土の袋に白い植木鉢を買って家に帰った。
 家に着くと、早速土を入れ、種を蒔いた。いろんな種類の種が一緒に入っていて、それを土にぱらぱら蒔くと、その上に薄く土を掛ければいいだけらしい。
 春になれば色んな花が咲きます、とだけ書かれており、そこには咲く花の種類が細々と書いてあったが、花にあまり詳しくないデュオには見知らぬ名前ばかりが並んでいた。
「春、か」
 秋の今を通り越し、冬を越え、そして春。それまで自分はここにいられるのだろうかとデュオはふと思った。もし自分がいなくなったら、この種はどうなるのだろう。誰かが水をやってくれるだろうか。
「やるわけねえよな」
 逃亡したエージェントの部屋にあったものは、徹底的に検査された後、必要と思われるものだけが引き上げられ、それ以外のものは廃棄処分にされるに決まっている。どんなにひいき目に見たって、花なんて、何の役にも立ちそうにない。きっと、水ももらえず、日の光も浴びることなく、枯れてしまうのだろう。
「俺が育ててやっから」
 静かに微笑みながら呟く。まだ土の中で眠っているような種たちが、デュオの言葉を理解できるとは思えないけれど。……もちろん、植物が人の言葉を理解できるなど、デュオは信じていなかったが。
 クラシック音楽を聴かせて育てる、という話を聞いたことがあったのを思い出し、デュオは苦笑した。
「あいつだったら……くそまじめな顔して、音楽聞かせてそうだよな」
 おかしそうに笑い、デュオは水受けの上に置いた植木鉢を、室内でも陽の差す窓辺に持っていった。


「おっ、芽が出てるじゃん」
 数日後、何くれと気に掛けていた植木鉢から、ひょろっとした草の先っちょのようなものが土の中から顔を出しているのを見つけ、デュオはうれしそうに微笑んだ。
「俺にも育てられるかな……もしかして」
 ただ水をやり、陽にあてるだけではだめなのかもしれない。肥料とかを買ってきた方がいいのだろうかと思いながら、デュオはコーヒーカップを手にしたまま立ち上がり、ダイニングに戻った。
 花は順調に育っていった。適当にばらまいた割に、結構草は離れて芽を出しており、デュオは小さな液体肥料を買ってきて、少しずつそれを土にしみこませた。
 花を育てるのに慣れていなさそうに見えたのか、花屋の少女は心配そうにデュオを見つめていた。そして、肥料のやりすぎが根を腐らせる原因になることを説いて、デュオに充分注意を与えた。俺だってそれくらい知ってるさ、と言い返したかったが、よく花のことを知っていそうな少女は、デュオよりも花を心配しているようで、その様子が可愛らしくてつい聞き入っていた。
 なにかと神経質なところとか、几帳面そうなところとかがあいつに似てると、デュオは遠い空の下にいるだろう彼を思いだしていた。


 薄暗い部屋の中に水音がする。ヒイロは水槽を振り返った。中では体長4cm程の赤い金魚が水面の餌をつついているところだった。
 他の金魚たちは、水面からゆっくり落ちてきている餌をついばんだり、水草にかみついたり、泳いだりしている。
 逃げたって無駄だと感じたヒイロは、軟禁生活を選んだ。この部屋でひとりで暮らすこと。欲しいものがあれば用意すると言われ、ヒイロは魚を飼いたいと言った。希望の種類や数まで聞かれ、それはことごとく叶えられた。おそらく、内装や間取りなど、家に関することについても、ヒイロの希望がかなり取り入れられていることだろう。
 ヒイロは明るくさわやかな家に住むことを望んでいなかった。どうせ、コロニーは宇宙に浮いているのだから、薄暗くたって構わないし、誰も訪れることのない牢獄のような生活でもいいと思っていた。連合政府は、ヒイロの言動から彼が投げやりになっているのを察していただろう。それでも、彼らにはこうするしかなかった。元ガンダムパイロットを自由にするわけにはいかなかった。まだ幼いとはいえ、戦争を終結させるだけの力を持つ個人は、やはり政府にとっては脅威であり、彼ら自身に反逆の意志などなくても、ガンダムとそのパイロットは充分現体制への反逆の象徴となり得た。自由と平和の旗印として、これ以上のものはなかっただろう。
 だからこそ、政府は彼らに同情しながらも警戒せざるを得なかった。そして、その複雑な心情のなか、彼らが少しでも望むことなら、できうる限り叶えてやりたいと思うのは当然の流れだった。
『……ペットを飼ってみたい。できれば、魚がいい。……そうだな……金魚とか』
 犬や猫ではなく、熱帯魚でもなく。
 ヒイロは朝起きて食事をし、勉学にいそしみ、運動をし、時折金魚を見たりして日々を過ごしていた。
 どうして金魚にしたのか、と監視役がそれとなく聞いてきたことがあった。
「犬では……抱き締められるだろう?」
「ええ、そうね。……それは……いやなのかしら」
 犬や猫では、噛みつかれることもある。それを怖がる人もいるのは確かだったが、ヒイロがそんなことを恐れるようには見えなかった。何より、抱き締めることができないから、という理由で魚を飼うことにしたというのだから、一層彼女にとってヒイロは謎な存在になったかもしれない。
「金魚は水の中でしか生きていけない。抱き締めたくても……水の中に手を突っ込んでつかんだりすれば、弱らせてしまうだろうし、最悪死なせてしまうだろう。……水槽と水は、ちょうどいい距離感なんだ」
 ヒイロはそう言って、水の中に吹き出ている細かい泡のあたりに集まっている金魚たちを見つめていた。
「距離感……ね」
 触れられないけど、愛情はこもっている。大切な存在だけど、互いの間には越えられない壁が存在する。
 愛している。愛しているけど……そばにはいけない。
「魚はいいな」
 静かにヒイロは呟いた。
「ただ生きて、死んでいく。それだけだ。俺も……あの戦いの中でそうやって死んでいくはずだったのにな」
「……あなたには未来があるわ」
「こんな生活に未来があると?」
 彼女は困ったように黙った。ヒイロは冷笑をひらめかせ、また視線を水槽に戻した。
「そうだな。生きていればいいことがあるのかもしれない。……そう思うように努力する」
「ええ……」
 部屋を出て、彼女はため息をついた。
 彼はまだ16歳になったばかりなのに、どうしてあんなにおとなびているのだろう。まるで、熟練した兵士のように物事を先読みし、自分の置かれた状況を正確に冷静に分析している。子供らしい一面を見せることもないわけではない。だが、それ以上に落ち着いた雰囲気が彼を実年齢以上に大人っぽくみせていた。
 他のガンダムパイロットもそうなのだろうか。それぞれ決してコンタクトを取ることができない場所に隔離されている5人の少年は、いまだ他のガンダムパイロットたちがどういう状況にあるか知らないし、知りようがなかった。


 風にそよぐ草を見ていると、デュオはどこか心が澄んでいく気がしていた。
 日一日と成長していく草花が、葉を茎を伸ばし、可憐なつぼみをのぞかせ始めた頃、デュオは花を見ることだけに執着するようになっていた。
 ただ、あの花が見たい……それだけを心の支えに生きるようになっていた。
 いっそ、抱き締められたらどんなにいいだろうと思う。けれど、まさか植木鉢ごと抱き締めるわけにもいかないし、草花を握りしめるなんて、以ての外だった。愛しているのに……思い切り触れることもできない。枯らしてしまうのを恐れながら、少しずつ肥料や水をやり、日々の成長を見守るのが、デュオのできる精一杯だった。
 大切に育てているからこそ、黙って見守るしかないなんて。
 デュオは段々外に出なくなった。監視役はデュオの代わりに食料を調達もしていたから、デュオが外に出なくても、デュオは生活には困らなかった。そういう生活がいやだったからこそ、監視付きでもいいから、外に出られる生活を選んだはずなのに。
 デュオは絶望してしまったのだろうか。決して叶うことのない望みを捨てられず、それが叶わないならいっそ、と……投げやりになっているのだろうか。
 だとしても、彼にはどうすることもできなかった。デュオが誰かに会いたがっているのはひしひしと感じられる。けれど、もし……彼ら政府の人間に言えるような人物なら、もうとっくにその名を告げて、デュオ自身がなんとしても会いに行っていただろう。そうできないという事実が、なによりもその相手が他のガンダムパイロットの誰かなのだと物語っていた。
「デュオ、何か欲しいものは? 食べたいものは」
「何も。……ちょっと寝不足気味だから、まだ寝かせといてくんねー?」
 夜早くやすむのは知っているが、それでもデュオは睡眠が足りてないようだった。眠りが浅いのか、なかなか寝付けずにいるのか。
「会いたい人は」
 デュオは黙って首を振った。
「ひとりがいい」
 そういうしかなかった。名前を出したって、絶対に会わせてなんてもらえっこない。
「デュオ……私たちは別に君たちを憎んでいる訳じゃないんだ」
「だとしても、放っておくにはあまりに危険すぎるんだろ」
 息をのんだ監視役に、デュオは薄く笑みを浮かべた。
「いいから、ほっといてくれ。……それがお互いのためだぜ、きっと」
 俺がキレて、もう何もかも嫌になったら、こんなところ簡単に逃げ出せるんだから。
 デュオはそんなこと一言も言わなかったが、デュオの視線を真正面から受け止めた途端、ぞくりと彼の背筋に冷たい汗が流れ落ちた。
「あんまり……俺を追いつめない方がいいぜ」
 あと、どれくらいもつかな、と思いながら、デュオは窓辺に置かれた植木鉢を見やり、ベッドに寝転がって深くため息をついた。

いかがでしたでしょうか?
離ればなれのふたりって、あんまり書いたことないので、ちょっと新鮮(^^)。でもやっぱり、互いが好きなら、一緒にいるのが一番だよね……と思ってしまいました。離ればなれは、見てるだけでも、少しどころじゃなくつらいわ……。
よかったら感想お聞かせくださいね〜。ではではまたっ。

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