3232HIT

 朝、ベッドの中でまだ眠りに落ちていたヒイロはなにか…やわらかなものが触れてくるのを感じた。
 あったかい……。
 ふわふわしていてぬくぬくした感触に、ヒイロは目を開けた。
「にゃー」
 ヒイロが瞬きすると、白い猫がさかんにヒイロの胸元に身体をこすりつけている。
「こら、……おい」
 やんちゃな猫を抱き上げ、ヒイロは起き上がった。
「デュオ、ほら……朝御飯にしようか」
 にゃーにゃー鳴いている白猫を抱いたままヒイロはベッドから下り、白猫……デュオを床の上に下ろしてやる。するとデュオはさっとヒイロの手からすり抜け隣の部屋へと走っていった。


 ヒイロが猫たちを拾ったのは、つい1か月程前のことだ。もう夕暮れで、ヒイロはプリベンターの仕事を終え、家に帰る途中だった。道端に汚い箱が置かれ、その中に仔猫が3匹、さかんに鳴いているのを見つけてしまった。
 一度は見なかったことにして通り過ぎようとしたのだが……その時、ヒイロの脳裏にある人のことが思い浮かんだ。
「なんだよおまえ。可哀想じゃねーかよ。こんなに鳴いてるのに。きっと腹空かしてんだぜ。おまえが拾ってやらなきゃ、明日には死んでるかもしんねーだろ」
 ヒイロはつい苛々っとしてひとり怒鳴っていた。
「うるさい!」
 猫たちはヒイロの声にぴたりと鳴くのをやめた。それから、彼ら猫の様子に気づいたヒイロが気まずそうに猫を見つめると、猫たちは切なそうにまた鳴き始めた。
 拾って、ねえ拾ってよー。お願い。お腹空いたの……。
 そんな風に聞こえる気がして、ヒイロは前に進めなくなってしまった。
「……一体誰だ、捨てた奴は。生まれた仔猫がいらないなら、保健所で処分すべきだろうが……」
 そう呟きながら、ヒイロは猫のところまで戻った。
「ひっでーこと言うなよな!」
 また脳裏に響いた声に、ヒイロはむすっとする。
 汚れた白猫、茶猫、灰色猫の3匹が、ヒイロを見つめていた。
「にゃー」
「分かった。拾ってやるから」
 ため息をつきながら、ヒイロは猫たちを抱えて家に向かった。


「にゃー、にゃー」
 3匹が互いを押し退け合うように朝御飯を食べているのを見ながら、ヒイロも朝食を済ませる。
 あの後、猫たちを洗ってやると、白猫は驚くほど綺麗な毛並みの純白の猫だと分かり、灰色猫も煌めくような銀毛とでもいうような艶を持っていて、ヒイロは「ペットショップに持っていくかな」とも考えた。これだけ綺麗な猫なら、猫好きな人間にきっと大事にされるはずで、別にヒイロが飼う必要もないと思ったのだが……。
 猫たちはヒイロにすっかりなついてしまった。
 お願い、どこにもやらないで。ヒイロと一緒にいたいよう。
 猫がしゃべるはずがないのに、ヒイロは猫たちの瞳を見ているとそんな風に訴えかけられているような気がしてならなかった。
 遠く離れた火星に行ってしまって、後5年は帰ってこない奴のことをヒイロは思い出しながら、猫たちに「デュオ」と名付けた。


「おまえたち、おとなしく留守番しているんだぞ」
 ちなみに、猫に人語が分かるなどという事例をヒイロは聞いたことがないし、この猫デュオたちがヒイロの言いつけを守ったことなど一度としてないのもヒイロはよく分かっていた。分かってはいたが、一応言わざるをえない。俺は言ったぞ、などと、猫と荒らされまくった部屋に言ってみても始まらないのは分かっているが……それでも、ヒイロはつい毎朝繰り返してしまうのだ。
 どこかの誰かに言い聞かせるように。
「にゃーにゃ」
 白猫デュオが小首を傾げながら顔を前脚でこすっている。茶猫のデュオは人懐こくて、出掛けようとするヒイロの足下に遠慮なくじゃれてくる。
「こら、離れるんだ。つれていけないのは分かってるだろ?」
 分かってるのかどうか、はなはだ不安だが、茶猫デュオはヒイロのズボンの裾から爪を離した。銀猫デュオは一番奥で伸びをしながらヒイロを見つめている。
 やんちゃな盛りの猫が3匹……毎日の片づけを思うと、ヒイロは真剣にハウスキーパーを雇うことを考えるべきかと思った。


「にゃーにゃー」
「ただいま」
 ヒイロがドアを開けると、茶猫デュオが飛びついてくる。
「こら、デュオっ……」
「にゃー!」
 うれしくてたまらなそうに、デュオはヒイロの胸元に背中をこすりつける。ヒイロがデュオを抱き締めながら撫でてやると、うれしそうにデュオは目を細めた。
「……かわいいかも」
 結局、ヒイロはなんだかんだ言いながらも猫たちを気に入ってしまっているようだった。猫もじゃれる時とヒイロが真剣に今は遊べないという区別がついているかのようにじゃれ方にも種類があるようだった。
 もっとも……電話が鳴る度、電話機の上に飛び乗ってボタンを押しまくるは、出てきたファックス用紙にじゃれついて引き裂いてしまうはと、目をちょっと離しているとこいつらは次から次へと問題を引き起こしてくれるし、ヒイロが今は邪魔されると困るという時に猫デュオたちが邪魔をしないのは、単にヒイロが猫デュオたちを部屋の外に締め出してしまうからなのだったが。
 ……それでもヒイロにとって、この3匹の猫たちはかわいらしかった。


 ヒイロは着ていたシャツを脱いで洗濯籠に放り込んだ。
「にゃ」
 茶猫はヒイロの素足を見つめながら身体をヒイロの足首にすり寄せてくる。
「一緒にシャワー浴びるか? ん?」
 シャワールームのドアを開けると、むっとした熱気が流れ出してきて、あわてて茶猫デュオは逃げてしまった。苦笑してヒイロがシャワールームに消えると、銀猫デュオがそっとやってきて、洗濯籠に入れられたヒイロのシャツを引っ張り出した。
「……にゃーっ!」
 いつもの鳴き方とは違うのに気づいて、ヒイロはあわててシャワールームを飛び出した。フローリングの床の上に、白いシャツのかたまりがゆらゆら動いていた。
「……にゃー!」
 助けてーっ、と叫んでいるようにも思えるその間抜けな姿がどの猫デュオなのかは、ソファに寝そべっている白猫デュオと茶猫デュオの姿を見れば、一目瞭然だった。
「ほら……デュオ、何を遊んでるんだ」
「にゃーにゃー」
 すっかり絡まったシャツをなんとかはぎ取ると、銀猫デュオは全身をぷるぷるっと震わせて毛並みを整えた。
「にゃー」
「あのな……」
 どうやら、ヒイロのにおいとぬくもりに魅かれてシャツにじゃれていたらしい。
「本当に……しょうがない奴だな」
 火星に行ったきり、メールも連絡も寄越さない奴のことを思い起こしながら、ヒイロは銀猫デュオを抱き上げた。
「ほら、遊んでやるから。なにして遊ぶ?」
「にゃー」
 遊んでやるぞ、と身構えると、なぜか猫たちは興味をなくしたようにヒイロから離れてしまうように見えるのは気のせいだろうか。銀猫デュオも、他の2匹の猫同様、ソファにうずくまってしまった。
「本当にきまぐれなんだから」
 ヒイロは夕食を作り始めた。すると、いつの間にか白猫デュオが足下に来ている。
「こら、危ないからあっちいってるんだ」
「にゃん、にゃー」
「包丁使ってるんだから、……って言っても無駄か……」
 ヒイロが自分たち以外に興味を持ったり一生懸命になっているのを見ると、猫たちは嫉妬するのかもしれない。……まあ、今はそれ以外にもお腹がすいているというのも大きな要因なのだろうが。
「わかった、もう少し待っていろ。すぐにご飯にしてやるから」
 先に猫のご飯を作って床に置いてやると、猫たちは飛んできて我先に餌を食べ始めた。その様子にようやく安心してヒイロは自分の夕食作りを再開した。


 夕食を終え、ヒイロはソファに掛けながらテレビを見ていた。火星で進められているテラフォーミングプロジェクトの様子が報道されている。もうすぐ第2陣が出発することもあって、第1陣の様子はここ5年間で最も熱心に報道されていた。
「あいつは……どうしているのやら」
「にゃー」
 ふと見ると、白猫デュオがヒイロの隣に来ていた。ヒイロがただ黙って見ているのが許可だと判断したのか、デュオはヒイロのひざの上にのぼり、そこで丸くなった。口を大きく開けてのびをし、そのまままたおとなしく目を閉じた。
「……まったく」
 そんな猫デュオの背中を撫でてやると、猫デュオはにゃんにゃん鳴いてうれしそうにしている。
「にゃーにゃー」
 遊んで遊んでーと、茶猫デュオがやってきて、ヒイロに飛びついてきた。
「ああ、よしよし」
 抱きかかえながら背中を撫で、のどを撫でてやると、猫デュオはごろごろいった。
「にゃー、にゃ」
 銀猫デュオはおずおずと近寄ってくる。ヒイロは銀猫に向かって手を伸ばした。
「おまえもおいで」
「……にゃ」
 さみしがりやのくせに、他の2匹と違って素直に飛びついていけないところが、どこかあいつを想わせてヒイロは切なくなる。
 この猫たちを見ていると、いつも戦争中の陽気なあいつや社交的なあいつや……そして傷ついて苦しんでいた頃のあいつを思い出してしまう。
「にゃあ……」
 銀猫デュオはヒイロの腕の中でヒイロの胸元のぬくもりを感じながらも、何を思ったのかヒイロを見上げてきた。
「どうした? ご飯は食べただろ?」
「にゃう」
 深い青の瞳を銀猫デュオはヒイロに向けて、小首を傾げた。と、銀猫はヒイロにまた、よりそった。
「……気紛れなんだから」
 一緒に暮らしはじめてもう1か月になるが、ヒイロにはまだ猫たちの扱いがよく分からない。「猫の飼い方」といった類の本を見たり、ネットで検索したりして必要な知識はある程度得ることはできたが……猫が何を考えて生きているかなど、どこにも載っているはずがなかった。
 ただ……猫は犬と違って気紛れで、なにかを命じてもそれをするのは自分がしたいからであって、犬の場合とは微妙に異なるらしいというのは聞いていた。
 でも、気紛れでもよかった。
 こいつらと暮らすようになってから、ヒイロは退屈さを感じることがなくなった。つまらないことを考えることもなくなったし、毎日猫の世話で結構忙しくて……それはヒイロにとって良いことのようだった。
 猫たちが来るまでは、がむしゃらに仕事をして、ふと仕事がなくなった時はなにもすることがなくて……そんな様子のヒイロをサリィたちは心配していた。ワーカホリックだと指摘され、強制的に休みを取るように言われたりもした。
 それを思うと、やはり猫たちとの生活は良いものなのだろうか。
 一番そばにいてほしい人間はここにはいてくれないのに……?
「にゃううん……」
 心配げに銀猫デュオがヒイロを見つめている。ヒイロは知らないうちにため息をついたらしかった。
「大丈夫。おまえたちがいるから、俺はさびしくない」
 ヒイロは茶猫デュオと銀猫デュオにほおずりしながら、そう囁いた。


私……猫って飼ったことないんですよね。飼うどころか、触ることも近づくこともできなかったり。…仲良くしたいなぁとは常々思ってるのですが(苦笑)。こんななので、猫の生態について全然わかりません…。
にゃんこについては、デュオと名がついている以上、仔猫で小さくて軽くて可愛くて(ここ必須!!)…ラヴリーじゃないと…という妄想に従って書きましたv お気に召しましたでしょうか? 「こんなのいや〜」ということでしたら、書き直しますから言ってくださいね、セイジさん。
ではではまた〜。

back