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「久しぶりだな、カトル」 「ええ、本当に……。元気そうでよかったです」 「まあな」 デュオはカトルのうれしそうな顔を見ながら笑顔を見せた。戦争が終わった後、カトルとデュオはずっと離ればなれだった。それぞれの生活に戻り、時折連絡を取り合ってはいたものの、直接会うことなど、そう簡単にはできなかった。L4とL2……同じく宇宙にあるといっても、決して近い訳じゃない。それに、ふたりとも仕事でしょっちゅう自分のコロニーを離れていた。デュオは出張で、カトルは会議や地球・コロニー間の調整で立ち回らなければならず、それは決して疎ましいものではなかったが、ふたりを苛立たせ疲れさせるものでもあった。 仕事が嫌になったわけじゃない。けれど、それ以上に大切に想う存在がある時、どうしてもストレスがたまる。本当はずっとそばにいたいけど、それが叶わないという時……そのつらさをなんとかして晴らしたいと思っても、無理からぬことだった。 でも、もうそんなことを考える必要はない。互いに再会を果たし、そしてしばらくは一緒にいられるのだから。 「とにかくお茶でも飲まねえか」 「いいですね。ぜひ」 カトルはウィナー邸へデュオを誘い、美味しい紅茶を飲みながら、久しぶりにゆっくりと話をした。互いに話は尽きることもなく、ふと降りる沈黙さえ、少しも気まずいものではなかった。 互いがそばにいるなら、ただそれだけで満たされるという相手が、ふたりには確かに存在した。黙って背中を預けあっていても、別々のことをしていても、その気になれば触れ合えるくらい近くにいられるなら、ふたりはただそれだけで満足だった。 「夕食はいかがですか」 「いいのか? ごちそうになって」 「もちろんです」 ふたりだけのディナーを終えて、カトルはデュオを連れてサンルームに行った。壁どころか天井までガラス張りのこの部屋は、昼間は明るくて暖かく、夜は星がよく見える場所だった。 「コロニーの偽物の空ですけど」 それでも昼間は暖かいし、夜は眺めがいい。ただ静かにふたりきりで過ごせる場所にいたかったから、ふたりとも文句はなかった。 君のために地球からシャンパンを取り寄せたんだ、なんて言っても、デュオはきっと喜ばないだろう。カトルはずっと前から、今度再会できたら、もう一度シャンパンをふたりで飲みたかった。終戦後も無事ふたりとも生きていることをふたりきりでひっそりと祝したかった。美味しいシャンパンとデュオのうれしそうな笑顔さえあれば、カトルは満足だったから。 シャンパンを開け、カトルは二つのグラスに注いだ。グラスを合わせ口を付けると、ほのかなシャンパンの香りがふたりを包んだ。 「うまいな」 「ええ」 ふたりともアルコールで酔うことなどまずない。それにも関わらず、カトルはソファに沈み込むように腰を落とした。 「カトル?」 「……なんだか……ちょっと……酔ったみたいです」 「大丈夫か?」 体調が悪かったのだろうか。デュオはカトルが心配で、そっとカトルの隣に腰掛け、俯いているカトルをのぞき込んだ。 「うん……少し、こうしていれば」 たぶん大丈夫だから。そう呟くカトルをじっと見つめていたデュオは、カトルの肩をつかみ、そっとカトルの身体を横にした。 「デュオ?」 焦りかけたカトルは、ふわっといい匂いがして瞬いた。起き上がろうとしていた気分が一瞬で消え、ゆったりとソファに寝ころんだ。 デュオの匂いだった。頭が、ほんのり暖かい。デュオがカトルを膝枕してくれているのだ。カトルを見つめるデュオの目は優しい。 「少しこうしてろよ。今日は俺、いくらでもおまえにつきあってやれるからさ」 途中で帰ったりしないから。そう呟いて、デュオは少し頬を染めた。カトルはその言葉に安心したのか、そのまま眠りに落ちていった。 「デュオ様」 カトルが眠ってしまって10分程経ってから、黒服の男たちが入ってきた。カトルのボディーガードたちだ。デュオは瞬いて、カトルの膝枕をしたまま彼らを出迎えた。 「何か?」 デュオがカトルの頭をそっとソファに置き換えようとすると、彼らは一様にデュオを止めた。 「どうぞ、そのままでいらしてくださいませ。……デュオ様さえよろしければ」 「あ、……ああ……俺はいいんだけど。……カトルが目を覚ますから、話なら静かにお願いするな?」 「かしこまりました」 彼らはデュオのために部屋を用意したと言いに来たのだった。 「でも、カトル……寝てるし。起きるのを待ってやりたいんだけど」 彼らの中でリーダー格らしい男性が進み出て、小さな声で呟いた。 「カトル様がこんなに熟睡されているのを拝見するは、恐らく終戦後初めてです。きっと多少のことではお起きにならないでしょう」 だから、デュオには別室を用意したのだと。そのままの格好では、デュオの方が疲れてしまう。カトルはこのまま寝室の方へ運び、デュオには休んでもらおうという彼らなりの心遣いだった。 「それはありがたいんだけどさ……」 カトルと離れたくなかった。彼らがデュオをカトルの大切な友人として遇しているのはよく分かった。彼らの気持ちはとてもうれしかったが、デュオは彼らの意向を受け入れることはどうしてもしたくなかった。 「もう少しそばにいさせてくれないか。あ、でも……カトルはベッドで寝た方がいいよな。カトルは寝室に運ぶから、しばらくそばにいさせてくれないか」 ボディーガードはじっとデュオを見つめた。 「な、なに」 「いえ。……カトル様がいつもお気に止められるだけのことはある……と思いまして」 「……え?」 「いえ、なんでもありません」 デュオは彼の顔を真っ直ぐ見つめ返した。そのデュオの表情はとても複雑で、真っ直ぐ見つめてくる瞳が揺らめいて見えるのは夜空の星を映しているためなのか、彼にはすぐには判断が付かなかった。 ……もしかして……泣いてらっしゃる? そんな憶測をさえぎるように、デュオは微笑した。 「じゃ、カトルを寝室に連れてくよ」 場所、変わってねえ? と聞くデュオを制し、彼はカトルをソファから抱き上げた。 「俺が運ぶよ」 「いえ、どうかさせてくださいませ。……我々にはこれくらいしかできることがないのです」 カトルは目を覚ますことなく静かに運ばれていった。デュオはボディーガードのリーダーである彼と相対していた。 「俺をなんだってさっき……言ってたんだ?」 「いえ、本当にもう……お気になさらず」 「気になるんだよ」 彼は苦笑した。 「カトル様はずっと……あなた様のことを考えていらしたようなのです。ずっと……今はどこでどうされているのか、いつも調べさせては会いに行けないかを考えてらっしゃいました。多忙なあの方に、そんな時間を取る余裕はなかったのですが」 「カトルが……」 小さく頷き、彼は興味深そうにデュオを見つめていた。 「間取りはご存じかとは思いますが、案内をさせてくださいませ」 「……任せるよ」 そうして、デュオはサンルームを後にした。 「ん……」 朝の陽の光がレースのカーテンを通って寝室いっぱいに差し込んでいた。カトルは眩しげに目を細めながら腕を顔にかざす。いつの間にベッドに入ったのだろう、とふと思い、傍らに懐かしい人の気配を感じて、カトルは顔を動かした。 「デュオ」 デュオはカトルの声にも反応しなかった。静かな寝息が聞こえてくる。カトルは微笑して起き上がると、デュオの栗色の髪をそっと撫でた。 「ずっとこうしていられたらな……」 それがデュオもずっと願っていたことだと知るのは、デュオが目を覚ましてからのことだった。カトルは愛しげにデュオを見つめ、そっと髪にくちづけた。 |
いかがでしたでしょうか? これから互いに告白して、一緒に暮らすようになるふたりの話でした。ちょっとでも楽しんで頂けるとうれしいです。 よかったら感想お聞かせくださいね。ではではまた。 |
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