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もうそろそろだな、とカレンダーを見ながら思い、ヒイロは向かいのあいている椅子を見つめた。出張でいないデュオが帰ってくるのは3日後。準備ならとうにできている。あいつは覚えているのだろうか。もしかしたら忘れているんじゃないかと思うこともあるけど。 あいつが覚えていなくたって、その分、俺が覚えているからそれでいい。 あたたかな食事もひだまりのある部屋も、ふたりだから意味があるのであって、満ち足りていると思えるのだろう。 あと3日だ、そう何度も思っている自分を振り返れば、ヒイロは自分がどんなにデュオの帰りを心待ちにしているか自覚してしまいそうで、陽の差す窓辺に目をやり、空の椅子から目を逸らした。 あいつ、覚えてんのかな……。 そばにいたいと言い出したのは、確かヒイロからだった。そばにいたいから、ここに泊めてくれと……最初は転がり込んできたんだっけ。ヒイロはそのまま居座り、デュオは途端に狭くなってしまった部屋に閉口して、ふたりで住むに足る、もう少しだけ広い部屋をふたりして探す羽目になった。 その、新しい部屋に越して……もうすぐ1年になろうとしている。どうして一緒に住みたがるのか、聞いてみたけどヒイロは不機嫌そうにデュオを睨むだけで本心を打ち明けてはくれなかった。ただ、その不機嫌そうな顔を見ているだけでデュオは自分が何かを忘れてしまっていて、そのことを怒られているような気分になるので、それ以上聞けない……というのもあった。 何か、忘れてたっけ? でも、そんな覚えはない。仕事は忙しくて落ち着くということを知らず、デュオは給料が上がるのは助かるけれど、部屋に帰る時間が減るのには閉口した。ヒイロはL2コロニーにあるプリベンターの支部に勤務していて、余程のことがない限り、出張はない。デュオは物資運搬が仕事だから、出張が基本で、いなくて当たり前、本部に出入りして定時に帰る方が珍しい業務形態だった。 戦争中、ずっと生命をかけて戦っていた頃は、こんな毎日を過ごすことになるなんて思いも寄らなかった。戦争が終わったら……なんて、考えもしなかったのに。それを思うと、いつも、数日先のことを考えている今の自分がどんなに幸福かしみじみと感じてしまう。そう毎日はそばにいられなくても、部屋に帰ればヒイロがいて、出迎えてくれる。きっと明々後日だっていてくれるだろう。ヒイロはデュオが帰る日には、いつも部屋にいて、食事の用意をしていてくれる。黙っていても、疲れているデュオを気遣ってくれているのを肌で感じて、デュオはいつもうれしくなる。ずっとそばにいられるように、内勤に変えてもらおうかな、なんて考えるくらい……ヒイロの側は居心地が良かった。 「喜んでくれるといいけど」 小さな四角い緑の箱は、デュオの両手で充分包めてしまうくらいの大きさだった。グリーン系の包装紙とリボンで飾られたそれは、ラメ入りの細い糸が絡めてあって、照明の光を受けてきらきら光っている。ヒイロは華美なものはあまり好きそうではないけど、これくらいなら許してくれるだろう。 「ていうか、文句言ったらぶっとばす」 折角選んだのに。 ちょっと頬をふくらませてみせ、ふいにデュオはヒイロの顔が思い浮かんだ。あのヒイロがデュオからもらうものを拒んだことがあっただろうか。 いや、ない。 そう自問自答し、デュオは苦笑した。きっとこんなものを買ったことそれ自体を、ヒイロは笑うかもしれない。笑って、らしくないなと言いながらも、受け取ってくれるだろう。 でも、このプレゼントの意味を、あいつは分かっているんだろうか。 「分かってなくたっていいんだ」 ただ、プレゼントしたかっただけ。もらってほしかっただけだった。そばにいたいと言ってくれてずっとそばにいてくれたヒイロの側に……デュオもいたいと……いつの間にか思うようになったことを伝えて、そして、ほんの少し互いのぬくもりに触れたいと。 デュオの願いは本当にささやかなものだったけど、デュオ自身はそれを叶えるためならどんなことだってするつもりだった。 「お帰り、デュオ」 「ただいま……って、なんで、ここにいるんだよ?」 ステーションの、到着ロビーでヒイロと早々に対面したデュオは、心の準備ができていなくてうろたえていた。てっきり、部屋で待っていると思ったのに。だから、あの箱だって荷物の中なのに。ヒイロがこんなところで待っていてくれていると知っていたら、ちゃんと手元に用意しておいたのに……。 「待ちかねた」 「……って……ちょ……っ」 人目もあるというのに、ヒイロはそんなもの気にもせずにデュオを抱き締めてきた。デュオは真っ赤になってじたばたあがいたが、ヒイロはやめる気はまったくなさそうだった。 「好きだ。……デュオ」 「分かったから……っ」 ようやく抱き締めてくる腕を緩めさせ、デュオは息をついたが……ヒイロが真剣な眼差しでデュオを見つめてくるのに気づいて、息を止めた。 「な、……なに」 「毎日……一緒にいたい」 「ヒイロ」 名を呼ばれ、ヒイロは自分が無茶を言っているのに気づいたようだった。微かに頬を上気させ、そんな火照りを自覚したのか、ヒイロは顔をそむけ、呟いた。 「俺のエゴだということは分かっている。だが……おまえが出張から帰ってくる数日だけでなく、毎日……おまえに触れていたいんだ。おまえを感じていたい。一緒に……同じ部屋で暮らしたい」 困ったな、というのが一番目だった。 でも、情熱的なヒイロの視線に、デュオは胸が熱くなったし、思わずヒイロの提案に頷いてしまいそうな自分に苦笑してしまった。 「俺もさ……内勤に変えてもらいたいな……と思ってたとこなんだよな。でも、そううまく希望が通るかは何とも言えないし……おまえには、まだまだ我慢させちまうかもだけど……」 デュオはヒイロの腕を離させ、鞄の中をがさがさして、さっきの箱を取り出した。 「希望が通るまで、これで我慢して……くんないかな」 そっと手渡された小箱をヒイロが開けると、中からロケットが出てきた。 「中に何入れてもいいし……あ、でも、おまえはそーいうのつけないか」 「いや、もらっておく」 首に掛けなくても、身につけておくことはできる。手首にブレスレットのように巻き付けたヒイロは、驚いて瞬いているデュオに微笑して見せ、頬にそっとくちづけた。 「……早く……ずっと一緒にいられるようになるといいな」 恥ずかしそうに目を逸らしてデュオが呟くと、ヒイロはそうだな、と囁いてデュオの髪を優しく撫でた。 「とっておきのディナーを用意してある。早く部屋に帰ろう」 「……ああ」 デュオはヒイロの腕が自分の肩に触れるのを感じながら、家路をゆっくりとふたりで歩き出した。 |
いかがでしたでしょうか? 改めて記念日という程大げさなことはしてないですが……ほんのちょっとしたことで、結構幸せなのかもしれません。 よかったら感想お聞かせくださいね。ではではまた。 |
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