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戦争が終わってから、ヒイロはデュオを探していた。だが、一向に行方は知れなかった。 「デュオ、ですか?」 通信画面の向こうのカトルは、きょとんとした顔をした。ヒイロをまじまじと見つめて、ぽつりと呟く。 「どうして、彼の行方なんか知りたがるんです」 「知ろうとして何が悪い」 「何が、って……だって、君はデュオのこと、眼の敵にしてたじゃないですか。どうして戦争が終わった今になってそんなことを言い出すんですか」 カトルはあきれたように呟いた。 「君がデュオに冷淡だったのは聞いてますし知っています。デュオだって君にはもう会いたくないでしょう。……もちろん、やんごとない事情があれば別でしょうが」 「会いたく……ない? どうして」 「よくそんなことが言えますね」 カトルは深々とため息をついた。 「会いたくないに決まってるじゃないですか。君が一体デュオに好意をもたれるような何をしたっていうんですか。まるでデュオを寄せ付けなかったくせに」 ヒイロは絶句した。もっとも、普段から無口なヒイロが黙りこくったところで、カトルは異変を感じ取れなかったが。 「……それは、デュオが俺を嫌っているという……ことか」 「そうですよ」 「俺は嫌ってなんていない!」 「……は?」 ヒイロはカトルを睨み付けた。 「それこそ、冗談でしょ」 「なぜ」 「君は自分の行いを振り返ったことがないんですか。君がデュオにした仕打ちは、ひどいものでしたよ。デュオがどんなに傷ついたかわからないんですね、君には……」 かわいそうに、とカトルが小さく呟くのがかろうじてヒイロの耳に届く。だが、それはヒイロをではなく、デュオに同情しているようだった。 「……デュオがしょげているのを何度も見かけたんですよ。そのたび、話を聞いてあげて、慰めてあげて……デュオはヒイロと何とか交流を持とうとがんばったみたいだけど、嫌われているみたいだから諦めるしかない、って何度も思い知らされて……。なのに、当の本人が、傷つけたことすら気づいてないなんて。こんなひどい話は初めてだ」 「……カトル」 「デュオはね、君もぼくたちと同じガンダムパイロットだから、なんとか仲良くしたいって言っていたんですよ。君に何を言われてもにこにこして、へこたれずに近づこうとしていたのに。君はそんなデュオをはねつけたでしょう。そんなに嫌いなら、どうしていまさらデュオを気にするんですか。デュオにはもう君とかかわらせたくありません。また傷つくだけだから」 「勝手に決めるな! 俺はあいつを傷つけたりしない」 「よくそんなことが言えますね!」 「戦争中は……俺も自分のことで精一杯で、周りに気を配る余裕がなかったんだ」 「そんなこと、みんな同じでしたよ」 「……っ」 ヒイロは立ち上がった。 「デュオはどこだ」 「……そんなこと聞き出してどうするんです」 「どうしても会わなければいけないんだ」 「デュオが望んでいないことをぼくがするわけないでしょう」 「俺はあいつを傷つけるつもりはなかったんだ。傷つけてしまっていたのなら謝らなければならない。俺はあいつを嫌ってなどいないし、あいつに嫌われたいと思ったこともないんだ。そのことを伝えないと……」 「なら、自分で探し出せばいいでしょう」 「それができれば、お前に連絡を取ったりしない」 「ぼくがどうして知っていると思ったの?」 「……」 「君はぼくなら知っていると思ったんでしょう。どうして?」 「それは」 「……それは?」 ヒイロは苦渋に顔を歪ませた。 「おまえがデュオと仲がよかったから」 「ぼくはデュオを隠したりしていませんよ。君が探し出して、……戦争中のことを謝りたいと望むなら、ぼくは邪魔しません。デュオに会いに行けばいいよ。……ただし」 「なんだ」 「もう二度とひどいことをしないで」 ヒイロは頷いて、通信をきった。 あれだけ探して見つからなかったというのに、デュオはそれからすぐに行方がわかった。やはりカトルに妨害されていたとしか思えなかった。 だが、今はそんなことどうでもいい。デュオに会って、謝って、誤解を解くのが先だった。 デュオはスイーパーグループに所属していた。そこには何度も連絡していたはずだった。つい昨日連絡した時も、そういう人間はいない、とすげなく返されたというのに、今日になって連絡すると、彼は出張に出ているという返事に変わっていた。 「昨日と話が全然違うじゃないか」 憤りを堪えながら呟くと、受付の女性は困惑したように言った。 「申し訳ありません。……その……実は、本人の希望で、告げないようにと言われておりまして」 それが、なぜか今日になって言ってもいいと言われたらしい。何があったのか彼女には分からないらしかった。 「でも、カトル、やっぱり怖いよ」 デュオはため息をつきながら通信画面を眺めている。そこにはカトルが笑顔で映っていた。 「大丈夫ですよ、きっと」 「……そうかな」 「そうです」 でも、とデュオは心の中でなおも付け加える。どうせ嫌われているのだから、これ以上何も変わるはずがないのに、と。 「俺は……もう疲れたんだよ。あんなにさ、……俺のこと嫌いなら、別にそれはそれでいいじゃん? って思うし。俺も……もう、ヒイロには関わらないって決めたんだ」 そりゃ、何かあったら、会うことはあるかもしれないけど。そう言うと、カトルは苦笑した。 「ぼくは君が好きだけど、落ち込んでいる君につけいりたくはないんだ」 「優しいんだか優しくないんだか……わかんねえな」 カトルは目を見開いてみせた。 「あれ? 君はつけいられたかったの? いつの間にそんなに弱くなってしまったの」 「ていうかさ、もう何も考えずに眠りたいなって」 「そんな、寿命の尽きた老人みたいなこと」 「いいよ、もう。何とでも言ってくれ」 デュオは投げやりなことを言っているけど、本当はヒイロのことが諦めきれないのだとカトルは知っていた。何度冷たくされても諦めなかったのも、こちらを向いてほしかったからだったと。いつでも変わらず笑顔を向けていたのも、ヒイロがもしかしたらいつか、自分を見てくれるようになるかもしれない……と思ったからだった。 「とにかく、ヒイロに会ってみて。……ぼくがこんなこと言うのは、すごく不本意なんだけど」 「おまえも変わってるよな」 デュオがためいきまじりにそう言うと、カトルは微笑した。 「君が哀しむ顔を見たくないだけです」 もしかしたら、デュオに誰よりも幸せそうな顔をさせられるのはヒイロなのかもしれない、とデュオを見ていてカトルは思っていた。 それもこれも、ヒイロにかかっているのだけど。デュオが思っているようにヒイロがデュオを思ってくれていれば……と思うけど。それは誰にも何とも言えない。 チャイムが鳴った。 「誰か来た」 じゃ、と通信を切り、デュオはドアを開けた。 「っ……ヒイロ」 「デュオ、捜したぞ」 分かっていても逃げ腰になってしまう。デュオはあわてて部屋を飛び出し、ヒイロの横をすり抜けてエレベーターに飛び乗った。 「デュオ、待て!」 すぐに閉められたエレベーターを追って、ヒイロも隣のエレベーターに乗る。1階で降りると、デュオがホテルのロビーを外に向けて早足で去っていくのが見えた。 「デュオ!」 ホテルの玄関あたりでデュオに追いついたヒイロは、デュオの手をつかんだ。 「待ってくれ、話がある」 「ヒイロ」 デュオの手が震えているのに気づき、ヒイロは手を離した。デュオはヒイロに向き直ったものの、じりじりと後ずさろうとする。 「……俺は何もしない。だから、そんなに怯えるな」 「でも」 「俺は……信用がないんだな」 「あっ……そんなことは……」 「なら、どうして逃げ出した?」 デュオは俯いてしまった。 「だって……俺のことなんか、何とも思ってないんだろ? 俺がいくら近づいたって、そっぽ向いてたし、不機嫌そうにしていたし。うるさそうにしてた」 「……俺は愛想が足りないからな。だが、おまえに対してだけそうだったつもりはない」 「だとしても、だ」 デュオはため息をついた。 「興味ないだろ。俺がヒイロをどう思っていたとしても」 「そんなことはない。俺はおまえが……」 そこまで言いかけ、ヒイロはあわてて口をつぐんだ。そっとデュオが顔を上げる。 「ヒイロが、俺を……?」 「……いや」 「なんだよ?」 「……」 デュオは不安げな目をして、顔を逸らした。 「カトルは一度ヒイロに会ってみろって言ってたけどさ、ほらやっぱり何も変わらないんだよ。ヒイロは俺のことなんかどうでも……いいんだろ? 俺とおまえじゃ、全然かけ離れてるもんな。俺はこう、ぺらぺらおしゃべりだし、ヒイロは寡黙だし。そりが合わないってやつだよ」 「デュオ」 ヒイロはデュオの肩をつかみ、俯いた。 「俺に話させてくれ」 「……あ、ああ。悪い」 ヒイロは散々ためらったあげく、呟いた。 「好き、なんだ。おまえが」 「……え?」 「だから、……好きだと……言っている」 「俺を? おまえが?」 「そうだ」 デュオは赤くなってヒイロを見つめた。ヒイロはまだ俯いたままだったので、ヒイロのつむじが揺れているのしか見えなかったが。 「俺も……だ」 「え?」 ヒイロが顔を上げたので、プルシアンブルーの瞳がはっきり見えて、デュオは息が止まりそうになった。 「お、俺も、ヒイロが……」 「デュオ」 「好き……」 ヒイロはデュオを抱き締めた。 「ヒイロ、あの、苦し……」 「デュオ……っ」 ヒイロの背中をばしばし叩いて、やっと力を緩めてもらえたデュオは、激しく咳き込んだ。 「加減ってもんを知らねえんだから!」 「悪かった」 「……ま、いいけど」 デュオはそれでもうれしそうにヒイロを見つめていた。 「ほんとに、ヒイロが……俺を?」 「ああ」 「でも、あ、じゃあなんで、前はあんなに無愛想だったんだよ」 「そういう性格なんだ。おまえのように饒舌な訳じゃないんだから、無理を言うな」 「それにしたって不機嫌そうでさー……」 ヒイロはデュオの頬をそっと撫でた。 「悪かった。許してくれないか」 「ヒイロ」 デュオはヒイロの真剣さに瞬いた。 「悪かったと思っている。だが、俺にはああするしか……なかったんだ」 恥ずかしくて、思うように態度に示すことができなかった。好意を向けられるのも初めてで、どう返せばいいのかも分からなくて。 「好かれたら、どうしたらいいのか分からなかった?」 「……そんな経験はなかったから」 デュオはヒイロの頬を両手で包み込んだ。 「好きだなって思ったら、笑ったらいいんだよ」 「……ああ、今度からはそうする」 「うん……」 今度はデュオからヒイロに抱きついた。 |
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