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 終戦直後のMO-2でのことだった。アルトロンガンダムの前で、五飛はデュオと相対していた。デュオは困ったような顔をして五飛を見つめていた。五飛はアストロスーツを着て、もう今まさに出立しようとしているところだった。
「だからさ、……乾杯くらいしていけばいいのに」
「こんなところでぐずぐずしている余裕はない」
 今は静まりかえっているし、一応平穏を保っているが、はっきり言ってそれがこれから先ずっと保証される確証などどこにもない。それはデュオも分かっていたから、一刻も早く離れようとする五飛を止める理由はなかった。
「分かったよ。じゃ……気を付けて」
 踵を返そうとするデュオを呼び止めたのは五飛の方だった。
「なに?」
「……俺は……おまえが好きだ」
 デュオの目が見開かれる。五飛はそんなデュオの様子にたじろぎそうになりながら、デュオを見つめた。
「もしおまえが俺に少しでも好意を抱いてくれていて、……そして了承してくれるなら……の話だが、もしそうなら、一緒に暮らさないか」
 デュオはますます困った顔になった。たったそれだけで、五飛は諦めてしまいそうになる。そんなデュオの仕草だけで、全てを諦めてしまうに足りると思えた。
「五飛」
「……」
 デュオは申し訳なさそうに顔を曇らせた。
「ごめん。気持ちはありがたいんだけど」
「そうか。……突然つまらないことを言ってすまなかった。……忘れてくれ」
「……五飛……」
 五飛は踵を返し、床をきつく蹴るとアルトロンガンダムへと飛び上がった。
「五飛」
 開閉デッキにつかまり、振り返ると、デュオは今さっきの場所で五飛を見上げていた。
「また……会えるよな」
 五飛は瞬き、デュオを見つめた。こういう場合、嫌がるのはデュオの方ではないかと思うのだが。けれど、デュオは戦友と永遠に会えなくなってしまう、ぎこちなくなってしまうことの方が重大らしかった。そんなデュオのありようが五飛には愛しくて、微笑した。
「おまえが望むなら」
 デュオはほっとして笑顔になった。
「うん。じゃ……またな」
 その穏やかな優しい笑顔に、幾度五飛が惹きつけられたか……きっとデュオは知らないだろう。けれど、デュオは知らなくていいのだ。デュオを五飛が好きなのは五飛の勝手なのだから。
 五飛はデュオに向かって手を振った。


 廊下を自分の部屋に向かって歩いているデュオの前にヒイロが現れた。ヒイロもアストロスーツを着ていて、デュオはもしかして、と思った。
「よおヒイロ。もう行くのか?」
「ああ」
 おまえは? と問われ、まだ乾杯してないからと呟くと、ヒイロは考えるような顔になった。
「デュオ……俺と一緒に行かないか」
「ヒイロと……?」
 ヒイロは頷き、あたりに人気がないのを確認してから、そっと呟いた。
「おまえが……好きなんだ。できれば……一緒に生きて行けたら……と思う」
 デュオは頭をかいた。
「なんで俺なんだ?」
 そんな問いにまともな答えが返ってくるとは思っていなかったが、ヒイロはその問いにまじめに答えようとして言葉に詰まった。
「どうして……と聞かれても困るが。好きになるのに理由がいるのか」
「あ、いや……そういうことを聞きたかったんじゃないんだけどさ」
 さっき五飛に告白されたばかりで、しかもそれを即座にお断りしたばかりなのだ。またここで、ヒイロにごめんな、と言うのは、ちょっとばかり気が引けた。……だからといって、好きでもない奴と一緒になど行けない。なにより、ヒイロに失礼というものだった。それでも、五飛にもさっき告白されたから、などとは言えなかった。それこそふたりを傷つけそうな気がして。
「……あの……悪いけど……。ごめん、ヒイロ」
 ヒイロは息をついた。
「そうか。……他に……好きな奴が?」
「あ……うん」
 そうか、とヒイロは呟いて目を逸らした。意中の人がいるなら、想いが届かなくても仕方ないだろう。ヒイロはもう一度息をついてデュオの脇をすり抜けていった。
「あ、あの……ヒイロ」
 振り返ると、デュオが申し訳なさそうに顔を曇らせていた。
「ごめん」
「おまえが謝ることはない。……俺が勝手におまえを好きになっただけなんだから」
「……ん」
「そんな顔をさせるために告白したんじゃない。……おまえはいつも通り笑顔でいてくれ」
「ヒイロ……」
 ヒイロはそのままもう振り返りもせず、MO-2を出ていった。


 カトルがけがをしているから、カトルの部屋で乾杯することにした。グラスとジュースを持って部屋を訪れると、そこにはトロワがいた。
「デュオ」
「よ」
 ふわり、と軽く飛ぶように歩きながら、ふたりにグラスを渡す。
「おまえけがしてるから、ジュースで我慢しとけよ」
「ええ、仕方ないですね」
 でもひとりだけジュースというのもあれなので、デュオはアルコールは持ってこなかった。一応探してみたが、やはりシャンパンなんて気の利いたものはなかったが……。
「乾杯」
 かちん、とグラスを合わせ、デュオは微笑んだ。手渡されたジュースを飲み、カトルはデュオを見つめていた。
「俺はちょっと」
 トロワは急に席を立った。デュオはそんなトロワを目で追った。
「どうかした?」
「トイレだ。すぐ戻る」
「あ、ああ」
 部屋を出ていくのを見送って、デュオはカトルに向き直った。
「あいつら、さっさと出ていくんだもんな……冷たいんだよ」
「仕方ありません。それぞれの事情もあるんでしょうし」
「まあ……そりゃそうかもしれねえけどさ」
 カトルはじっとデュオを見つめ、呟いた。
「デュオ、……あの……もうすぐぼくもここを出ていこうと思っています。彼らのように、ぼくもここに長居している理由はありませんから」
「まあ、その方がいいだろうな」
 デュオだって、いつまでもここでぐずぐずしているつもりはない。遅かれ早かれ、ここから姿を消すつもりだった。ただ、ヒイロと五飛があんまりばたばた出ていったから、ちょっと気分を害しているだけで。
「それで……お話があるんです、デュオ」
「なに?」
「ぼくと一緒に……暮らしませんか」
 デュオはちょっと呆然とした。これって、もしかして……そういうことなのだろうか。これだけ重なると、またなのかと思うし、……それに……本当に好きな人からは少しも話がないということ自体が、デュオの心を痛ませていた。
 本当は……トロワにこそ言って欲しいのに。
「それって」
「……君が好きなんです。……だめですか」
 デュオの内心を読みとったかのようにカトルはそう言った。デュオはあわてて手を振った。
「いや、その……、だめっていうわけじゃなくて」
 けれど、カトルはそんなデュオのごまかしにつけいって、わざとらしく喜んでみせたりはしなかった。デュオが少し哀しげな顔をしているのは今もなのだから。
「じゃなくて?」
「……その……ごめん」
 息をつき、デュオは俯いた。
「ごめんな。カトルと一緒にいると落ち着くんだけど、……そういう風には思えないんだ」
「そうですか」
 そんな気はしました、とカトルは苦笑しながら呟いた。
「なんで?」
「だって、ぼくが好きだって言った途端、君の顔がつらそうに歪んだから」
 デュオは頬が熱くなった。
「誰か……好きな人がいるんですね?」
「あっ……う、うん」
「そうなんですか。それは残念です」
 デュオは息をつき、ドアの方を眺めた。
「トロワ遅いな」
「彼は戻ってきませんよ」
「どうして?」
「ぼくが君を好きなんだと言ったら、なら、俺は途中で席を外すので、うまくやれと」
「な……っ」
 デュオはそのまま椅子から立ち上がり、よろめきながらドアの方に向かった。デュオ、と呼ぶカトルの声も耳に入らなかった。デュオがトロワの部屋に行った時には、すでにトロワはMO-2を離れた後だった。デュオはトロワのいない部屋で立ち尽くしていた。


「それでね、思ったんですけど……デュオは君のところに連絡を取ったりはしていますか?」
 ウィナー邸に戻ってきてから、カトルはトロワの居場所を探し出して連絡を取った。画面の中のトロワはいつもどおり冷静で動揺など微塵も見せないような瞳をしてカトルを見ていた。
「いや」
「そうですか。……それでどうなんですか」
「……どうとは?」
「ぼくに遠慮したんですか」
 トロワは目を逸らした。カトルはくちびるを噛みしめた。
「ぼくは確かにデュオが好きです。……振られたけど、今だって。でもね、それは君の行動を牽制しようとしてあんな風に君に言ったんじゃなかったんです。遠慮なんてしなくてよかったんだ。すぐに出立する必要もなかったでしょう。分かってるんですか? あなたはデュオを傷つけたんですよ」
 トロワは瞬いた。いかにも心外だ、という顔をして。
「俺が何をした。……何もしていないだろう」
「何もせずに逃げ出したからですよ」
 カトルは目を怒らせてトロワを睨みつけた。
「デュオは……きっと君が好きなんですよ」
「俺を……?」
 苛立たしげにカトルはくちびるをかんだ。
「ぼくはデュオに笑っていて欲しいんです。ぼくのせいで君に遠慮させてしまったのなら、ぼくはデュオに恨まれてしまう。汚い真似をして、自分だけの利益を計ろうとしたと思われるのは我慢ならないんです。ぼくは確かにデュオが欲しかったけど、それは奴隷としてじゃない。踏みにじって傷ついた彼を人形のように所有したかった訳じゃないんです」
 それはそうだろう、と思ったが、トロワには口を差し挟める余裕はなかった。
「早くデュオに会いに行ってください。そして、自分の正直な気持ちを伝えて。ぼくが君を押しのけようとした訳じゃないことも言ってくださいよ。そうじゃないとただじゃおかないから」
「分かった。すぐに行く」
 カトルの剣幕に押され、トロワはカトルをさえぎった。そのまま通信を切り、トロワはデュオの元に向かった。


「またかよ……」
 ヒイロがデュオを訊ねてきたところだった。デュオとしては会って話ができるのはとてもうれしいのだが、その度にヒイロはデュオに贈り物をしていくのだ。花束とかもらっても、デュオは困惑するだけだと分かってからは、デュオの欲しがりそうなものを持ってきては置いていくようになった。別にあっても困らないなら、素直にもらっておけばいい、などと言われて、デュオは仕方なく受け取ってはいるのだが。
「別に、そう頻繁に来なくてもいいのに」
「俺は……おまえに会いたいと思うから」
「あ、そう」
 別に冷たくあしらっているつもりはないのだが、デュオは困惑してしまう。五飛やカトルは、そう簡単にコロニーから離れられないし、スケジュールが詰まっているからヒイロのように訪ねては来ないものの、贈り物をしてくる、という点では負けず劣らずだった。あまりにもたくさん贈り物をされて部屋に入りきらないとこぼした途端、カトルは一戸建ての家を買って、デュオのところにカードキーと書類を送ってきた。どうぞ遠慮せずに使って、と言われても、デュオとしては困ってしまう。でも、今まで住んでいたマンションよりセキュリティが整っている上に、勤務先により近いとなれば、ついつい引っ越ししたくもなるというものだった。
 やたら広くなった家で、一番いいのは応接間があることなのかもしれない。ヒイロをそこにいさせて、デュオはとりあえずコーヒーを入れに行った。その時、チャイムが鳴った。
「はいはーい?」
 デュオはモニターを見た途端、息を呑んだ。
「トロワだ。……デュオ、いるか?」
 はっとしてデュオは玄関に走っていった。さっきのモニターで微かに端に見えたのは……花束だったような気がして、デュオは心臓がひっくり返りそうだった。
「トロワっ!」
 いきなりドアが開いて、トロワは驚いたようだった。だが、息せき切って開けたデュオの様子に、彼は微笑してそっと頭を撫でてくれた。
「元気がいいな。……そうだ、これ。おまえにと思って買ってきた」
 様々な色の花を合わせた花束だった。
「あ、……ありがとう」
 デュオは誰からもらう花束より、ずっと胸の奥が熱くなった。なんだかこれだけで泣いてしまいそうになり、懸命に自分を抑えようとしていた。
「急に来てすまない。……少し話があって」
「あ、ああ。いいよ、全然。入ってくれ」
「失礼する」
 トロワは誰かの気配を感じたのか、瞬いた。
「あっ……ヒイロが来てるんだ」
 応接間のドアが開き、スーツを着込んだヒイロが姿を見せた。
「デュオ、俺は……おまえが好きだ」
 静かにそう囁かれて、デュオは手にしていた花束を落としかけた。トロワが危ういところで拾ってくれて事なきを得たが。
「ほんとう……に?」
「ああ、もちろんだ。おまえには迷惑じゃないかと思って……ずっと黙っていたんだが、カトルに怒られてな。……あいつにも迷惑を掛けてしまった。カトルは俺を遠ざけておまえを手に入れようとしたんじゃない。俺が……遠慮してしまっただけなんだ。おまえが幸せなら、それでいいと思ったから」
「俺が好きな奴なんて……知らないくせに?」
「ああ、その通りだ。俺は勝手にカトルといるなら、おまえも幸せだろうと思いこんだ。……おまえの気持ちも考えずに。悪かった」
 許してくれ。と呟いたので、デュオは笑ってしまった。
「トロワ、頭を上げてくれよ。俺にはおまえが必要なんだから」
「デュオっ!?」
 後ろからヒイロの声が聞こえたが、デュオは気にしなかった。
「俺……俺も、おまえが好きだよ……トロワ」
 臆病になっていたのは何もトロワだけではなかった。デュオだって、結果をはっきりさせるのが怖くて、トロワに会いに行けなかった。トロワはデュオを抱き寄せ、抱き締めた。デュオはそっと顔を上げてトロワを見つめた。トロワは軽くデュオにくちづけ、微笑した。
「そばにいてもいいか」
「今……俺がそれを聞こうとしてたんだ。ここに一緒に住まないか? って」
 トロワは苦笑した。デュオはそんなトロワを頬を染めて見上げていた。

いかがでしたでしょうか?
あんまりデュオ争奪戦という感じにはなりませんでした……。うーん難しい。ちょっとでも楽しんで頂けているといいのですが。
よかったら感想お聞かせくださいね。ではではまた。

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