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 夕方のことだった。
 デュオは仕事を終えて、家に戻ってきたところだった。疲れてもいたし、夕食前でもあったから、お腹も空いていた。だから少しは苛立っていたのかもしれない。
 自分の住むマンションのドアの前に、ヒイロが佇んでいるのを見つけて、デュオは驚いた。別に……突然ヒイロが訪ねてきたって、そうそう驚いたりはしないのだが、ヒイロが奇妙な格好をしていたから、思わず言葉をなくしてしまったのだ。
 白いスーツに、大きな花束。そして半透明の布のようなもので覆われた何か。
 デュオの気配に気がついたのか、ヒイロはこちらに向き直った。
「デュオ、結婚してくれ」
 たっぷり10秒は黙っていたと思う。何かの冗談だと思いたかったが、ヒイロの真剣すぎる瞳に反論はとても出来る状態じゃなかった。
「デュオ」
 ヒイロはデュオのそばまで来て、手にしていた花束を差し出した。真っ赤な薔薇と、白いかすみ草が合わせてある…。この薔薇、一体何本あるんだ? 10や20じゃきかないだろう。こういうのって、たとえ地球で買っても、めちゃめちゃ高そうじゃないか? 大体生花なんて、このコロニーで手に入れるとしたら、一体どれだけかかるかしれやしない。
 黙っているデュオが不機嫌なのを察したのか、ヒイロはそっともうひとつのものを差し出した。
 プレゼント用にオーガンジーで包まれ、細い数種類のリボンでいやみなく飾られた年代物のワインだった。
「135年ものだって!? これ、すっげー貴重なんだぜ? この年は葡萄が不作で、もともと数が少なかったんだ。その少ないのを、ものすごい上品に仕上げた奴で、世界でも100本くらいしか、もう残ってないって聞いたけど……」
 あわててラベルや製造元を確認する。本物だと知って、デュオは喜ぶどころではなくなった。1本最低数万ドルはくだらないワインなど、気軽に「さんきゅな」でもらえるような代物じゃない。
「こ、こんないいもの、もらえねえよ」
「おまえがいらないなら、捨てる」
「わー! もらう、もらうって!!」
 いきなりそのまま手を離して自由落下に任せようとしたヒイロをあわてて止めて、デュオは年代物のワインをしっかり抱き留める。
 とりあえず瓶が割れるのだけは回避したデュオは、安堵のため息をつき、のろのろとヒイロを見上げる。
「一体、なんなんだよ……」
「……俺にはおまえが必要なんだ。もう、おまえなしでは生きていけない……」
「……は? なんでそうくるんだ? ずっと離れてたじゃないか。というより以前に、おまえはおまえの生活があるだろ? 何言ってるのか、さっぱり分からねえよ。おまえ、酔ってるのか?」
「しらふだ」
 確かに……ヒイロからは、アルコールの匂いなどまったくしない。だが、ヒイロは少し眇めて呟いた。
「おまえに……酔ってるのかもしれない」
「は?」
 デュオはワインと花束を片腕に持ち替えながら、戦争から4年たって背が高くなったヒイロに近づき、肩に手を置いた。
「おまえ、どうしちまったんだ? 突然現れるのはいつものことだけど、ここまでかっとんだことばっか言うのは、珍しくねえか」
「おまえが大切だと……俺にとってはかけがえのない人間だったんだと、ようやく分かったんだ。そばにいてほしくて、結婚を申し込みに来たんだ。受けてくれ」
「そう言われたってなあ……」
 戦争が終わってから、ヒイロとデュオはそれぞれ別の道を歩き始めた。ヒイロは最初学生をしていたが、その後誘われてプリベンターに入っている。一方デュオは、いつの間にやら活動を再開していたスイーパーグループに戻り、のんびりと荷物の配送業務をこなしていた。4年もたつとふたりとも立場も変わってきて、ヒイロはデスクワークを少なからずしなければならなくなって閉口していたし、デュオはデュオで、上層部にもっと責任の重い地位に就かされ、数百人単位の部下たちをまとめるように言われて正直やれやれと思っている。それでもそれなりにこなしてしまうので、更に信頼が増し、結果的に自分自身をさらに上の地位へと押し上げる結果となっていた。
 デュオはあれから4年たって少しは背も伸びたが、がっしりとした体つきにはほど遠く、さすがに女性に間違われることは少なくなったものの、華奢で細いのは相変わらずだった。
 ヒイロはデュオよりさらに背が伸びて、逞しさを増していた。服を脱ぐとしなやかな筋肉がついているのが分かる。どんどん男らしさを増していくヒイロの姿を見ていると、デュオは格好良いと思いながらも、同性故の嫉妬か、複雑な思いに囚われることも多かった。
 そばにいることは少なくなったものの、それは戦争中でも同じことで、いっそ火星への探査船にでも乗せてってもらうかな、なんてことも考えた。だが、カトルとヒイロに強く止められ、仕方なくスイーパーグループに居続けている。
 ヒイロは時々こんな風に訪ねてきては、デュオを抱いていく。デュオの側からヒイロを訪ねていくことは少なかったものの、ふたりの関係はそんな風に続いていた。
 だからこそ……4年もたった今になって突然こんなことを言い出すのか、デュオには分からない。
「人間、いつ死ぬか分からないと思い知ったんだ」
 デュオは苦しげに歪むヒイロの表情を凝視した。
「おまえも……いついなくなるか分からない」
「火星には行くのやめたじゃないか」
「そういうことじゃない。人はいつか必ず死ぬ。……それがいつのことなのかは分からないが、それでも誰の上にも平等に降りかかってくるものだ。……そういうものなんだ」
「……ヒイロ」
「大切にする。おまえは俺の生命なんだ。失うことなんて出来ない。おまえが死んだら俺も死ぬ」
「な、なに言ってんだよ、ヒイロ!」
 大袈裟なんだよ。ったく。……と呟いて見せても、ヒイロに変化は見られなかった。
「おまえは俺と結婚したくないか」
「……別に結婚しなくてもいいだろ」
「そばにいてくれるか」
「俺、ここから離れられないんだけど。そこんとこ、了解済みな訳?」
 ヒイロは瞬いた。
「それからついでに言っとくと、おまえも今は地球で勤務してるだろ? そう簡単に地球勤務を異動してもらう、ってわけにはいかねえだろ。それともなにか? 俺に仕事やめて地球に来いとでも? それこそ冗談じゃねえよ。そりゃあ、今の仕事、決してらくってわけじゃねえけどさ、それなりに愛着もあるし、辞める気はまったくないんだ。俺の人生、おまえの都合で変えるなんてまっぴらだね」
 これが仮にも恋人に対する言葉だろうか……と、ヒイロは思ったようだ。微かに痛そうな顔をしたのを見て、デュオは胸が痛んだ。
 自分でもきついこと言ったかな、という自覚はある。けれど、言ったことは嘘じゃない。仕事を辞めるなんて考えたこともない。たとえヒイロが世界一の金持ちで、何もしなくても食べていけるとしても、デュオは働くのを辞めるのにはためらいをおぼえてしまうだろう。
「分かった」
「あ、そう? で、どんな風に分かったわけ」
「プリベンターを辞める」
「な、……なんだって!? 冗談もいい加減にしろ!」
「俺は本気だ」
「だから一層たちが悪いんだって!! 俺がサリィさんたちに文句言われんだぜ? なんだって俺が睨まれなきゃならないんだよ。人の迷惑考えろよな!」
 ヒイロはデュオを抱き締めた。
「お、おいっ……」
「愛している」
 デュオは顔が熱くなった。
「助け……られなかったんだ」
「ヒイロ……」
 プリベンターが関わっていた事件で、死傷者が出たのを、デュオもニュースで知った。後でその事件にはヒイロも協力していたことも。目の前で人が死ぬのも、自分で手を下すのさえ、飽きるほど経験済みのはずなのに、まるで銃の重みも硝煙の匂いすらも知らない少年のように、ヒイロは震える腕でデュオを抱き締めていた。
「人が死ぬのは当然のこと、なんだろ。今更しょうがねえじゃないか。おまえはベストを尽くした。やれるだけやって、それでも防げないことはあるって、知ってるはずだろ。おまえはプリベンターを仕事として選んだんだ。こういうこともあるって、分かってたはずだ。どうして今になって弱気になる? ……俺は別にきついこと言ってるつもりはねえけど……仕事なら仕事だと割り切るのも、……仕事の一つのはずだ」
「分かっている。それでも……恐くなったんだ。もし、今回死んだのがおまえだったら……と思ったら」
 助けたかったのに、助けられなかった。
 そういう傷がヒイロの心の奥に未だに残っているのをデュオは知っている。忘れろなんて、言えない。けれど……いつまでも引きずっていたってしょうがないじゃないか。
「分かったよ。一緒に暮らそう」
「デュオ!」
「ただし、俺はここを離れねえ。サリィたちを説得してみな。できたら考えてやるよ。俺はL2から動けねえからな。ここを出ても、新居はやっぱりL2だ。じゃなきゃ、俺はおまえと一緒に住むつもりはねえ。なあなあで済ませられると思うなよ? 了解か?」
「了解した」
 それでもうれしいのか、ヒイロはデュオの頬にくちづけた。デュオはくすぐったくて身じろいだが、ヒイロと視線が絡み合って思わず苦笑して……またくちづけを交わした。


いかがでしたでしょうか? 歯が浮くような台詞って、入れるの難しいので、それっぽいかな、と思われるものを幾つか入れてみました。まだ甘いかなあ。でも、「君の瞳に乾杯☆」なんて恐くて入れられなかったよう。
薔薇にワインなら、やはりスーツで、(またスーツか……(苦笑)。スーツ好きかも、やっぱり)色は白がいいな〜と思うの。そしてシャツは、縦に左右5〜6本、タックが入っているのが希望。まるで結婚式の新郎のようでも、とにかくこれがいいの!! 真紅の薔薇にはきっと似合いそうです(恐いの間違い?)。
ではではまた〜。

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